モ ギ イ 童 話 集

眠れる姫星の神

- その1 -

 彼女はまだ目を覚まさない。僕たちはなすすべもなく彼女を見つめる。ジンジャーはいつになく不機嫌だ。もう待つのはうんざり。あれだけ大変な思いをして魔女を倒したっていうのに、いつまで寝てるつもりなの? お姫様の起こし方を知ってるかい? スレイドが尋ねた。僕が知らないというと、彼は馬鹿にしたように笑う。キスすればいいんだよ。インテリはそんなことも知らないんだな。だから、僕は彼女にキスしてみた。でも、彼女は身じろぎもしない。スレイドが言った。ちゃんと彼女に会ってキスしなきゃだめだよ。おいらに任せておくがいいさ。

 

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「怖い夢を見るんです」

「どんな夢ですか?」

「人がたくさん死ぬんです。世界中の人がみんな病気にかかって……ウイルス......ウイルスがすごい勢いで広がって……」

 私は言葉を切ると、相手の顔を見上げた。

 私の前に座っているのは穏やかなブルーグレーの瞳が印象的な若い男性。柔らかそうな茶色の髪はきちんと整えられ、白衣の中には最近はあまり見かけなくなったネクタイを締めている。

 彼はドクター・ティレット。私の主治医だ。数年前からこの総合市民病院に勤務している。前任のおばあちゃん先生が引退して、彼と交代したときには半日はにやにや笑いが止まらなかった。

 そうは言っても、こういうデリケートな悩みを打ち明ける相手が若くてハンサムな独身の医者だというのもいささか落ち着かない。健康上の問題はまず主治医に相談し、必要であれば専門医に回されることになっている。もったいない話だけど、女性の主治医に変えてもらうべきなのだろう。

「すごくリアルな夢なんです」

「話してください。どんな病気だったのですか?」

「私は家でニュースを見てました。ヨーロッパで恐ろしい病気が流行りだしたんです。感染した人は一日も経たずに死んじゃうって……」

 最初の発症者がどこで出たのかは知らない。ヨーロッパとアメリカ東海岸の主要な空港を中心に患者は野火のように広がった。潜伏期間は最短で八時間。ウイルスの生命力は極めて強く、数百メートル離れていても空気感染が認められた。

 この南半球の小さな島国でも、一報から半日後には国家非常事態宣言が出され、全ての空港が閉鎖された。でも、そのときにはもう遅かったんだ。国内の方々で感染者が現れ、人が死に始めた。

 

 私の話を聞き終わると先生は尋ねた。

「最近、怖い映画や番組を見ませんでしたか?」

 ほら、言うと思った。私の友達もみんなそう言うんだよね。ヘザーは怖い映画の見過ぎだって。百年前のB級ホラー映画なんて見てるからそんな夢を見るんだって。

 私の表情を読んだのか、彼が慌てて付け足した。

「すみません。よくある原因の一つなのでお聞きしたまでなんです。続くようなら専門家に診てもらったほうがよいかもしれませんね」

「精神科ですか?」

「睡眠障害専門の医者がいます。悪夢を見るのは恥ずかしいことではありませんよ。一度会ってみてはいかがですか」

 

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 診察が終わり、部屋を出ようとして私は先生を振り返った。

「植物園側の出口にはどこから行けばいいですか?」

「ああ、少し待ってください」

 彼は席から立ち上がると、白衣を脱ぎながらどこへともなく声をかけた。

「『レフア』、僕は出るよ。後は頼みますね」

「ドクター・ティレット、もう一人患者さんがお待ちです」

 先生の机の上のコンソールから柔らかな男性の声が聞こえた。

「僕は聞いていませんよ」

「ドクター・ウィリアムズがあなたに回して欲しいと……」

「また彼女が苦手な患者さんなんでしょう? いつも僕に押し付けるのはやめるように伝えてください。『レフア』、あなたもですよ」

 彼はドアを開けて私を差し招いた。

「さあ、行きましょう」

「はあ」

「出口まで案内しますよ」

 もちろん私に異存があるはずがなかった。彼と並んで一度も通ったことのない廊下を進む。大柄な私は彼とたいして背丈が変わらない。彼にも馬鹿でかい女だって思われてるんだろうか。ついつい背中が丸くなる。悪い癖だ。

 時折、車輪のついたロボットがせわしげに通り過ぎた。腕付きトースターのように見えるのは介護用のロボット。入院した際にはずいぶんとお世話になった。

 突き当たりの自動扉を抜けると木造の大部屋に出た。重厚な組み木の天井はなだらかなアーチを描き、壁には大きな肖像画が並んでいる。一度も見た事のない場所だ。タイムスリップした気分で部屋の中を見回していると、先生が解説を始めた。

「病院が建てられた当時の待合室を再現してあるんです。なかなか素敵でしょう?」

 彼によると、この病院は十九世紀の後半に設立されたんだそうだ。もう二百年以上も昔のことだ。三十年前にほとんどの病棟が建て替えられ、同時に一つのメインフレームに病院全体を管理させることになった。

 『レフア』と呼ばれるメインフレームは病院の中枢であり、診療の予約や医師のスケジュール管理、施設のメンテナンス、患者の投薬の時間に至るまでのすべてを一手に担っていた。さきほどすれ違ったロボットたちも『レフア』に遠隔操作されている。このような『人工知能による中央集中型制御システム』は図書館や大学では普及しているものの、病院への導入は初めての試みだったそうだ。

 『レフア』の導入以降、医療ミスが激減したという話も聞く。医者が手元の端末を覗き込んでるときは『レフア』の判断を仰いでるってジョークがあるぐらいだ。

「お医者さんが頼りすぎになってしまわない?」

 私は尋ねた。

「いや、それはありませんね。ちょっとしたミスでも『レフア』の嫌味に悩まされることになりますからね。彼は患者の命を最優先するよう、プログラムされています。危険にさらすことは許さないんです」

『レフア』が導入されて間もなく、ひと悶着起きたのは私でも知っている。彼が効果の見られない薬剤を片っ端から切り捨て始めたので、製薬会社から袖の下を受け取っていた医師達が猛反発したのだ。『レフア』は市民団体の協力を得て、彼らの収賄の記録を白日の下に晒し、反抗者共を蹴り出した。これをAIの暴走とみなし『レフア』を排除しようとする動きもあったが、すでに彼に絶大なる信頼を置いていた市民がそれを許さなかった。

 そんなわけで都市と呼ぶのもはばかられるほどの規模のわが町に、世界でもトップレベルの病院が存在している。当然、この病院が採用するのも世界でもトップレベルの技能を持つ医師のみであり、私の隣を歩いている男性が相当のエリートであることは間違いなかった。

 

 いつしか私達は病院の出口から外へ出て、植物園を横切る遊歩道を歩いていた。出口を教えてくれるだけだと思ったのに先生はまだついてくる。

「あの、先生はどこに行かれるんですか?」

 私は尋ねた。

「今からお仕事ですか?」

 私の質問には答えず、彼が尋ね返す。

「ええ、昼ごはんを食べてから出社しようと思って」

 病院裏の植物園を抜ければ大きなショッピングモールに出る。出勤前に食事と買い物を済ませてしまうつもりだった。

「どなたかと待ち合わせですか?」

「いいえ」

「では、昼食をご一緒にどうですか?」

「いいですよ」

 頬が緩みかけたけれど、平静を装って返事をした。買い物があるなんてもちろん言わない。良識ある独身女性ならば、彼と食事するためになんだって犠牲するに決まってる。

 

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 彼は私をモール近くの中華料理店へと案内した。

「このお店、とてもおいしいんですけど、一品の量が多いんです。二人で注文すれば色々楽しめるでしょう?」

 それで誘ったのか。まあ、そんな理由でもなければ彼が私を誘うはずもない。メニューを渡されたけど、選ぶのが苦手な私は彼に注文を任せた。

 彼との会話は弾んだ。職業柄、相手から会話を引き出すのがうまいのだ。診察の続きのように感じないこともなかったけれど、仕事のこと、家族のこと、ついつい正直に話してしまう。好印象を持ってもらいたかったのに、彼の前では上辺だけ取り繕っても無駄らしい。どうせ高嶺の花なんだからと、気にせずに会話を楽しむことにした。

「大学まではネットボールをやってんたんです」

 スポーツの話題を振られて、私はそう答えた。子供の頃から自分の大きな図体にコンプレックスを持っていた私を、両親はネットボールクラブに入れた。才能はあったと自分でも思う。地元のチームからの誘いもあった。そこで認められればナショナルチームに参加することも夢じゃない。でも、内定が決まっていた仕事と両立させる自信がなかった。悩んでるうちに、機会を逃してしまった。

「私、優柔不断なんです。いつも考えすぎて、結局怖くなって怖気づいてしまうんです」

「でも、悪いことではないですよ。何事にも慎重だということですからね。それに試合中はどうだったんですか? シュートを決める時に迷うことなんてなかったんでしょう?」

 なぜだろう? この人といると気持ちがとても楽になる。

 でもね、彼を好きになっちゃ駄目だよ、ヘザー。高望みにもほどがある。彼にはもうちっちゃくてかわいい彼女がいるに決まってるんだから。

 

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 店の外に出ると、先生はいかにも残念そうに言った。

「海老とカシューナッツ炒めも食べたかったですね」

「ええ、あれもおいしそうでしたね」

 唐突にメニューの話になって驚いたけど、私は相槌を打った。食べ物に執着するタイプなんだろうか。

「それじゃ、明日はあれを頼みましょう」

「あした……ですか?」

「はい、また同じ時間に。では、遅刻しそうなので失礼します」

 私の返事を待たずに彼は病院の方向へと駆け出した。私、気に入って貰えたのかな? 自分も遅刻しそうな事も忘れて、私は彼の後姿を見送った。

 

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 翌日も同じ店で彼と会った。食事を終えると彼は眉間に皺をよせ、少し困ったような表情で私を見た。

「明日はお昼休み中に研修があるんです」

「はい」

「だから外食はできません」

 つまり明日は私と昼ごはんを食べないと言ってるわけだ。二度食事をしたたけだというのに、おかしな予防線の張り方をする。それならもう誘わなければ済むことでしょ? 

「そうですか。私もしばらく忙しくなるんです。当分、お昼は出られそうにありません」 

 小さなプライドを守るために小さな嘘をついた。後から惨めになるのは自分だと分かっているのに。でも、それを聞いた彼は笑顔でこう言った。

「それなら仕事の後はどうです? 明日の晩、夕食をご一緒してはもらえませんか?」

 仕事が終わると私は洋服を買いに走った。そして家に帰ってから怖くなった。彼ほどのエリート医師がどうして私を誘う? 女の子なんて選り取り見取りのはずなのに。

 

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